「エレファントカシマシを愛してます。
でも、エレファントカシマシはふり向いてはくれません。
呑気な愛のうたも一体感もありません。
『俺はがんばる。貴様もがんばれ。』
あるのは一対一の快感です。
エレファントカシマシに接する時 僕は自分と対峙します。
自分と対峙する時 エレファントカシマシは僕の側にいます。」
新井英樹
漫画家の新井英樹さんの言葉。
まさにこれだ。
見事に言葉に当てはめている。
流石だなぁ。
去年、タワレコ渋谷店で開催されたエレカシ展で見つけた、この新井さんの言葉。
読んだ瞬間、思わずメモに書き写した。
そうなんだよ。
自分と対峙。
まさにその通りです。
エレカシの音楽に魅せられた人はみな同じことを感じているのかもしれない。
新井英樹さんはミヤジをモデルにした漫画を描いた。
特別な思いを寄せる人を、自分の手で表現したいという気持ち、
私にも分かるのです。
私にはそんな才能無いから出来ないだけで。
ツイッターにもそんな熱いファンの人たちがそれぞれの形で思いを表現している。
みんな素晴らしいよね。
ほんとに。
なんというかミヤジという人は、人の心の奥のロマンを掻き立てる存在なんだよな。
こうありたかったという憧れの人生を地のまま生きている人。
大それた夢を抱き、憧れとロマンに満ちていた少年は、ある時を分岐として悟りと妥協を受け入れ社会に適応していく。
その道中で、本来なら徐々に失われてしまうはずの過去の夢や憧れといったものを、まんま体現しているミヤジの存在に強烈に心を揺さぶられるのだ。
ミヤジは失われてしまった夢や憧れの象徴のような人。
エレカシの音楽はとても特殊。
気持ちが安らいだり楽しい気分になったりとかいう軽さはなく、すごくヘビーで扱いづらい。
なぜかというと、エレカシの歌はぜったいに他人には見せないような心の深い場所にまで分け入ってくるからだ。
だから、ヘタしたらその人の人生にまで影響を与えてしまうくらいの影響力がある。
まったく生半可な気持ちでは聴けない音楽なのだ。
私も、エレカシを好きになってものの考え方が変わったと感じる。
生き方、というか、生きる姿勢が変わったと思う。
自分の人生というものに対する向き合い方が。
これからもエレカシを聴き続け、ミヤジを追い続け、
ドーンと潔く毎日を生きて行きたい。
怠けてるときは逆風。
がんばってるときは追い風。
それがエレカシの音楽ね。